メンタル

弱い自分を変えようと頑張るのは逆効果?!強くなるために本当にすべきこととは?

弱い自分を変えたい!が失敗する理由

僕は弱い人間です。

けれど、幼い頃から強くなければいけませんでした。

僕は400年続く旧家の跡取りです
好きなことをやってはダメ!?旧家の跡継ぎが見つけた新時代の生き方とは?僕の家は400年続く旧家です。 記録によれば、江戸時代が始まる直前、1600年ごろに居を構えたとされています。それ以来 江戸時代が...

江戸時代から続く家系に生まれたために、「良い子でいなければいけない」「優秀でなければいけない」という状況だったのです。

少なくとも、自分自身で「強くないといけない!」と思い込んでいました。

でも、ずっとずっと気が弱くて、人の目が怖くて、自分に自信がなくて、やっぱりずっとずっと弱いままでした。

だから、いっぱい勉強をしました。体も強くなりたいと運動を頑張りました。絵や音楽なども自分なりに努力しました。

そのおかげで“いい学校”に入れました。

高校は地元のトップの進学校に入り、一浪しつつも関東の国立大学に入りました。「いずれは大企業の社員か官僚になるかだね」と言われました。

そうやって“強い自分“や“評価される自分”であり続けようと努力し続けてきました。

けれど、どこかで違和感があって、周りが敷いたレールや世間の常識に縛られることが嫌になり、自分の夢を見つけました。

「声優になる」という夢でした。

だから、声優の養成所に入って、演技や発声やその他色々なことを学びました。

「優等生で育ってきたのに、そのレールから外れた生き方をする」という、そこにある意味“強さ“や“カッコ良さ”を見出したがために、社会の常識ではなく夢に生きることを選んだのです。

その結果、声優プロダクションに入ることができました。あくまで研修生としての所属でしたが、それでも自分の夢を叶える直前まで行きました。

けれど、挫折しました。

どんなに勉強しようと、どんなにスキルを磨こうと、どんなに努力をしようと、根っこの自分が弱いままだったので、肝心なところで失敗してしまうのです。尻込みしてしまうのです。

結果、周りの同期生たちは声優の仕事で活躍するのに、自分は何も成果を上げることができませんでした。

「声優にもうすぐなれる」という立ち位置まで行けたくせに、結局、最後の一歩が踏み出せずに終わってしまったのです。

そこからも、ずっと同じことの繰り返しです。

声優の夢に破れて実家に帰り、家業のために不動産の勉強をし、資格をいくつか取りました。

中には「土地家屋調査士」という難関とされる資格もありました。取得はできませんでしたが「司法書士」の勉強もしました。

ですが、その資格を使って会社に就職できても、継続することはできませんでした。

会社の中である程度の評価はされても、着実な成果を上げて昇進できるわけではなく、かと言って独立する度胸もありませんでした。

それどころか、とにかく「仕事ができる自分でありたい」「何でもいいから評価を得たい」という気持ちで取り組んだ結果、多くの仕事を抱え込むことになり、親の意向で退職することになりました。

ここでも、もう一歩を踏み込めずに逃げ出す結果となったのです。

その後も、「自然に優しい農業をしよう!」として、少しだけ栽培はできてお客様が現れてくださっても、持続的に利益の上がる経営をすることはできませんでした。

「農業がダメならインターネットで何かをしよう!」

昔からネットで何かを表現することが好きだった僕は、「インターネットビジネス」というものがあることを知り、そこで収益を上げようとしました。

家に資産があるにも関わらず、「強い自分でないといけない」「自分でお金を稼げる人間でないといけない」と、自分の能力を使った仕事をしようと思ったのです。

そして、ある程度うまくいきました。

一時期は月収が200万円を越えて、自分の好きなこともできたし、家族にも喜んでもらうことができました。

  • 「これでやっと理想の自分になった!」
  • 「お金を稼げる自分になった!」
  • 「昔からずっと憧れていた“強い自分”になれた!!」

と思うことができたのです。

ですが、その“強さ”は仮初めのもので、薄く貼られた金メッキのようなもので、すぐに剥がれて落ちていきました。

勇気を持って更なる一歩を踏み出すことができなかったがために、収入は途絶え、ネットでの活動もできなくなりました。

いえ。ここでもやはり、僕は逃げ出したのだと思います。

自分の“弱さ”が現れて、自分自身の足を引っ張ったのだと思います。

「その先は行ってはいけない!」
「自分は本当はこんなに弱いのだから、これ以上やったら壊れてしまう!」

そんな感じで、あと一歩のところで急ブレーキをかけてしまうのです。だから、上手くいきかけて上昇していたところから、一気に急降下してしまうのです。

僕の人生は、この繰り返しでした。

  • 弱いから“強さ“に憧れて「強くなりたい」と思う
  • 強くなるために知識やスキルを身につける努力をする
  • その知識やスキルである程度の成果を出せる。人からの評価も得られる
  • けれど、根っこのところが“弱い“ために、肝心なところで踏み込めなくなる
  • 結果、“強い自分”を保てなくなり、挫折してしまう

だから、ずっと何もかもが中途半端でした。

ずっとずっと夢も理想も叶えられないままでした。

ずっとずっとずっと弱いままでした。

こうやって、“弱い自分”に苦しめられ続けてきたのです。

「こんな弱い自分をどうすればいいのか?」これがずっと僕の人生の課題でした。

けれど、昨日ふと気づいたんです。

「もしかしたら、この“弱い自分”は変えられないのかもしれない」

ということに。

気づけば36年間、僕はずっと「自分を変えたい」と思い続けてきました。

「弱い自分は嫌だ」「強い自分になりたい」と思い続けてきました。

そのために色んなことを頑張りました。いっぱいいっぱい自分に無理をして、努力し続けてきました。

けれど、これだけの時間と努力をかけても“弱い自分”は変わりませんでした。

「なら、もうこの先ずっと“弱い自分”は弱いままなんじゃないのか?」

そう思ったのです。

そして最近、自分の名前についても気づくことがありました。

僕の名前は「秀一」というのですが、「秀」の中の「乃」は「なよなよする」という意味を持っているそうです。

そう。名前からして、もともと弱いのです。

ですが、この名前について学校の先生から、「“秀でて一番”だね!」と言われたことがあり、

「僕は優秀でないといけない!」
「人から評価を得ないといけない!」
「強くないといけない!」

と思っていました。

つまり、「自分の名前や他人の期待にふさわしいように頑張らねば!」と思い込み続けていたんです。

けれど、丁寧に見ていくと、もともと「なよなよする」という弱っちい意味だったことがわかりました。

だから、ある意味、自分が弱いことにすごく納得なのです。

ですが、こうやって

  • 自分はもともと弱いんだ
  • きっと弱い自分を変えることはできないんだ
  • この先も、ずっと弱いままなんだ

と思えたとき、逆に強くなれる気がしました。

「秀」という字は、稲や麦などの穀物が穂を出す様子を表しているそうですが、稲も麦も、その穂はなよなよとしています。風や雨に当たれば、ユラユラと簡単に揺れます。

けれど、そうやって弱く揺れるからこそ、外部からの影響を受け流すことができます。

逆に強く硬い状態になってしまうと、茎がポキリと折れて、実りをつけられなくなってしまうのです。

弱いからこそ、実りをつけることができるのです。

人間の人生もこれと同じ。

“弱い自分”がいるからこそ、自分が本当に為すべきことで成果を出せたり、次の未来へ何かを残せるのではないでしょうか。

つまり、“弱い自分”を認めることから、最初の一歩が始まるのだと思います。

自分の名前の「秀一」の「一」は、「はじまり」や「最初の一歩」という意味を持ちます。

「弱い自分を認め、それを受け入れることから、人生の実りが生まれ始める」

自分の名前から、そんなことを感じています。

だから僕は、人にも伝えたいのです。特に、自分の弱さに苦しんでいる人や、それを変えたいと思っている人、強くなろうと頑張っている人に……。

“弱い自分”を変えようとしなくていいんですよ

“弱さ”があるからこそ、本来の自分の未来へ進んでいける

“弱さ”は「なよなよ」だけではなく、「しなやかさ」や「柔らかさ」をも生む

しなやかで柔らかいからこそ、社会や時代の変化を受け入れ、次の未来へ進んでいける

だから“弱さ”を否定しなくていい。「強くなろう」としなくていい

“弱さ”を受け入れることから、全ては始まるんです

そんなことを、これから伝えていけたらと思います。

何より、自分自身の“弱さ”を受け入れて、ゆっくりと自然体で進むことから始めたいと思います。

「心の整え方」まとめました!

心の整え方をまとめました!もともと落ち込みやすい性格だった僕は、30代の後半になるまで試行錯誤してきました。

そういった「心の整え方(メンタルマネジメント)」についてまとめましたので、よかったらご覧ください(^-^)

「心の整え方」まとめを読む