最近、仕事が楽しいです♪
もともと仕事は好きなのですが、ここ1ヶ月ほどでより一層楽しくなりました。
「なんで楽しくなったんだろ?」
というのを考えてみたところ、出てきた結論は
評価されることや報われることをあきらめたから
ということでした。
「あきらめた」と言うとネガティブになってしまうので、最近よく聞く言葉で言うなら「手放した」と言ってもいいと思います。
そう。「評価されたい」「報われたい」という気持ちを手放したので、仕事が以前より断然楽しくなったのです。
自然農法とネットの仕事をしてますが……
ブログへのご来訪、ありがとうございます! 「農マドワーカー」のいずばやしです。
自然農法の田んぼをしながら、インターネット関連の仕事をしています。
こんな風に言うと、
「自然農法って農薬使わないんですよね? スゴイですね!」
「それと一緒にインターネットの仕事もしてるなんて、ユニークですね!」
とおっしゃっていただくことがあります。
そういったお言葉をいただくと、本当に嬉しかったです♪
だって、「スゴイ!」とか「ユニーク!」と言ってもらうために、自然農法やネットの仕事をしていたのですから。
「評価されたい」ので今の仕事をしてました
そう。つまり、もともと僕は
- 「スゴイ」と評価されたかったり
- 「ユニーク」と見られて目立ちたかったり
- そうやって褒められたかったり
- 自分の頑張りや努力を認められたかったり
したのです。
「なんてヒドイ奴や」と自分でも思ってしまうのですが、過去の自分を振り返ると、実はそうだったんですよね……。
そんな自覚は無くて、自分でもてっきり純粋に頑張っていたつもりだったのですが、心の多くを「評価されたい」「報われたい」という気持ちが占めていました。
評価されないとイラ立ってしまう
ですので、そういった気持ちを抱えていたがために、人から評価されなかったり期待通りの報酬が得られないと、イラ立ってしまうことが多々ありました。
もちろん、表には出しませんでしたが、
- こんな良い仕事をしたのに、なんで評価してくれないんだ?!
- たくさん努力したのに、どうして認めてくれないんだ?!
- こんなに頑張ったのだから、もっと報われてもいいはずだ!
といった感情が渦巻くことがあったのです。
あ。「報酬」や「報われる」というのは、金銭的なことだけではなく、言葉とか気持ちとかも含みます。
自分が想定していたよりも「あんまり感謝してもらえてない」「認めてもらえてない」と感じると、ガッカリして苛立っていたのです。
たしかに仕事は好きなのですが、関わる人に対してネガティブな感情を抱いてしまい、それゆえに仕事の楽しさを低下させている状態でした。
“ガキ”のように他人に期待していた
まあ、こうやって冷静に書くと、ヒドイ奴ですよね……(^^;;
勝手に自分の中で「評価されたい」「報われたい」「褒められたい」と思って、その通りにいかないとガッカリして、仕事そのものにも不満を抱いていたのですから。
なんかもう「お前はガキか?!」という感じです。
ですが、そういった「ガキ」の状態ゆえに、関わる人に必要以上の期待をしてしまっていたのだと思います。
- 僕のことをもっと評価してよ!
- 僕のことをもっと良く見てよ!
- 僕のことをもっともっと褒めてよ!
という感じで。
ですが、他人にどんなに「評価」や「報酬」を求めたところで、それをもらえる保証はありません。
だって、「評価する」とか「認める」とか「褒める」というのは、完全に他人の領域のものであり、自分にコントロールできるものではないですから。
他人の車に念力で命令するように
そう。僕は本来コントロールできないものをコントロールしようとして、ガッカリしたり苛立ったりしたりしていたのです。
これは例えるなら、他の人が運転している車に対して、「もっとスピードを上げろ!」とか「ここで右へ曲がれ!」と言うようなものです。
いえ。言葉ではなくて、念力を飛ばすだけですね。
そうやって「自分の思う通りに動けーーー!!」と念じて、その通りに他人の車が動かないので、それでガッカリしていたのです。
こうやって書くと非常に滑稽ですが、以前の僕は本気でそれを求めていたし、表には出さずに心の奥で念じてしまっていました。
本来自分でコントロールできないはずの「他人からの評価」や「他人からの報酬」を、「自分の思い通りになれ!」「評価しろ!」「褒めろ!」と求めていたのです。
自分の努力は相手には関係のないこと
ですが、自分のコントロールできないものをどれだけ求めても、当然のことながら、満足できる結果は返って来ません。
自分がどれだけ「頑張った!」「努力した!」「良い仕事をした!」と思っても、それはあくまでも自分の問題であり、相手からの評価や報酬に影響するわけではないのです。
そんなわけで、人生37年にしてようやく この事実に気づき、
「あ、そっか。自分がどれだけ頑張っても、評価されるかどうかは関係ないんだ」
「自分がどれだけ努力しても、報われるとは限らないんだ」
という想いに至ったのです。
あきらめる(手放す)ことで楽しくなる
こうやって書くと、ちょっと寂しい人みたいに見えてしまいますね(^^;; なんか、浮世離れした仙人っぽい言葉なので。
でも、そういう想いに至ったことで、目の前の仕事について清々(すがすが)しい気持ちで取り組めるようになりました。
- 人の評価なんて関係ない。自分のできる精一杯をやろう!
- どれだけ頑張っても報われない……。けれど、それで良いんだ!
- むしろ報われないことが、自分の仕事の役割なんだ!
- それよりも、お客様がどれだけ喜ぶかに集中しよう!
という感じで。
「評価されること」や「報われること」を手放したことで、目の前にいるお客様のことや仕事そのものに意識を向けられるようになったのです。
結果、仕事がどんどん楽しくなりました♪
自分のコントロールできることだけに集中する
でも、これって当然のことなんですよね。
なぜなら、自分のコントロールできることにしか意識を向けていないから。
もちろん「お客様が本当に喜ぶかどうか」をコントロールできません。ですが、「お客様に喜んでいただくことを目指して、精一杯の仕事をする」ということはできます。
そして、その「精一杯の仕事ができた」なら、自分の中に喜びが湧いて来ます。
お客様からの評価や判断はいったん置いておいて、「自分にとってベストを尽くせたかどうか」で仕事に対する喜びを感じることができるのです。
しかも、この「ベストが尽くせたかどうか」は、完全に自分でコントロールすることができます。
つまり、「お客様の評価がどうか」とか「褒められるかどうか」「報われるかどうか」を手放し(=あきらめ)、自分がコントロールできる仕事のクオリティに集中することで、感じる喜びが自然と増した、ということなのです。
まとめ
さてさて。長々と書いてしまいましたが、お伝えしたいことはシンプルで
「他人からどう思われるか」や「何をもらえるか」よりも、「自分が何を提供できるか」にベストを尽くそうぜ!
ということになります。
人間生きていると、他人からの評価や報酬を気にしてしまいますし、社会で生きていくために それは欠かせないことです。
ですが、「評価されたい」「報われたい」という気持ちに囚われていては、実は不幸に陥ってしまいます。だって、それは自分ではコントロールできないものですから。
ですから、それよりも自分のコントロールできる
- どれだけお客様のことを想うことができるか?
- どれだけ仕事のクオリティを上げることができるか?
- その仕事とお客様にどれだけ真剣に向き合えるか?
に意識を向けたほうが、実は喜びと幸せを感じられるのです。
とはいえ、僕自身もまだ気付いたばかりなので、試行錯誤しながら仕事に取り組んでいきたいと思います!
あなたの仕事にも、何かしらお役に立てるところがあれば幸いです(^-^)